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宇都宮地方裁判所真岡支部 昭和49年(ワ)29号 判決 1976年7月22日

原告

大関テル

被告

高松工業有限会社

ほか二名

主文

被告らは各自原告に対し、金二八五万九、〇八九円およびこれに対する、被告高松工業有限会社および被告高松国雄はそれぞれ昭和四九年九月一二日から、被告高松正幸は昭和四九年九月一三日から、それぞれ支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは連帯して原告に対し金一、三四二万九、五四〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決および仮執行の宣言

二  被告ら

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

訴外河原満穂(満穂という)は、昭和四八年一一月一一日午前七時四五分ころ、オートバイ(栃ま一四三四号)を運転して、芳賀郡益子町大字下大羽九六番地先県道(以下単に県道という)を笠間市方面から益子町七井方面に向つて進行中、右県道と交差する左側横道から県道に進出してきた被告高松正幸(被告正幸という)運転のダンプカー(栃一そ二〇五一号、被告車という)と衝突し、そのため、同日午前一〇時二〇分、済生会宇都宮病院において、頭蓋内出血、胸腔内出血により死亡した。

(二)  責任原因

1 本件事故現場は、県道と横道の交差する丁字路(本件交差点という)であり、横道から県道左右の見とおしは良くなく、県道は優先道路であるから、被告正幸は、横道から県道に進出するにあたつては、一時停止して、左右の安全を確認して進行する業務上の注意義務があるのに、これを怠つたのであり、本件事故は右過失により発生したものであるから、被告正幸は右不法行為により生じた損害を賠償する責任がある。

2 被告高松工業有限会社(被告会社という)および被告高松国雄(被告国雄という)は被告車の共同保有者として、自動車損害賠償保障法三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。被告国雄が保有者であることは、つぎの事由による。すなわち、被告国雄は被告会社の代表者であるが、本件事故当時被告会社は被告車を含めて七台のダンプカーおよびそのほか数台の車両を保有していたが、この程度の規模の会社においては、代表者個人としても会社保有の車両について運行支配および運行利益を有するものである。また、小規模会社は元来税務対策を主として設立、運営されているものであり、会社保有の車両による交通事故損害につき、会社代表者に保有者責任を認めないとすれば、交通事故発生後、会社解散あるいは会社資産の欠缺により被害者の利益は甚しく害われ、自賠法の保有者責任を設けた趣旨は著しく減殺される。

3 仮に被告国雄に保有者責任が認められないとしても、被告車の最大積載重量は一一トンであるところ、道路交通法八五条五項、同法施行令三二条の二第一号により、最大積載重量六・五トン以上の大型自動車を運転できる者は、大型免許を受けた者で、年齢二一歳以上又は大型自動車等の運転経験が通算三年以上に達している者であるとされているが、被告正幸は本件事故当時右年齢および運転経験年数基準に達していなかつたので、被告車を運転することはできなかつたものであるのに、被告国雄は被告会社の代表者として、右の事実を知つていたかあるいは当然知るべきであつたのにもかかわらず、敢えて被告正幸に被告車を運転させたものであり、被告正幸の無免許運転を許容したものであるから、本件事故に基づく損害につき、民法七〇九条の不法行為責任を負うものである。

(三)  損害

本件事故により、つぎのような損害が生じた。

1 逸失利益

満穂は、昭和三一年三月一六日生、本件事故当時満一七歳、高等学校三年生で、翌年四月就職の予定であつたものであり、満六三年までの稼働可能であるから、満一八年から満六三年まで四五年間稼働して、その間毎年昭和四九年度平均賃金一四二万三、八六〇円(昭和四六年度平均賃金一一七万二、二〇〇円の三〇パーセント増)相当の収入を得ることができるが、生活費として収入の五〇パーセントの支出があるものとしてこれを控除すると、毎年七一万円の所得を得ることができることになり、これを一時に請求するとき、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現在価額は一、二六二万九、五四〇円(七一〇、〇〇〇円×一七・七七四)となる。

なお、満穂は母である原告と父である訴外河原一三との間の長男であり、右両名は相続により右満穂の逸失利益損害賠償請求権を取得したものであるが、父河原一三はその請求権ならびに受領権限を原告に譲渡した。

2 葬儀費用

原告は葬儀費用として三〇万円を支出した。

3 慰藉料

長男を失つた原告の精神的苦痛を慰藉するには五〇〇万円をもつて相当する。

4 弁護士費用

本件訴訟追行のため本訴訴訟代理人に訴訟委任した費用として五〇万円をもつて相当とする。

(四)  損害の填補

原告は本件事故に関し自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の支払を受けたので、前記損害賠償請求権に充当する。

(五)  よつて、原告は被告らに対し連帯して前記損害金合計一、三四二万九、五四〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)項の事実は認める。(二)項1の事実は否認する。同2は、被告会社が被告車の保有者であることは認め、被告国雄が保有者であることは否認する、原告が主張する被告国雄が保有者であることの事由については、被告会社が原告主張のように車両を保有していることは認め、その余の事実は否認する。同3は、被告国雄に原告主張の不法行為責任があることは争う、被告正幸が被告車を運転することができる年齢および運転経験年数を満していなかつたことは認めるが、被告国雄はその事実を全く知らなかつた。(三)項は不知。(四)項は認める。

三  被告らの抗弁

(一)  免責

本件事故現場である本件交差点は、交通整理が行われておらず、左右の見とおしが悪く、交差する双方の道路にはいずれにも優先道路の指定はなく、また、幅員に明らかな広狭の差はなかつた。ただ被告正幸が進行した道路には本件交差点手前に一時停止の標識が設置されていたので、被告正幸は、交差点手前で一時停止したうえ、県道左右の安全を確認したところ、停止地点から右方県道上見とおし可能な一〇〇メートルの範囲内には進行してくる車両は認められなかつたので、時速五ないし一〇キロメートルの速度で交差点に進入し、右折を開始したところ、右方県道上を時速七〇キロメートル以上の高速度で接近してくる満穂運転の自動二輪車を約一三メートルの距離に発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、衝突したものである。右のような交差点においては、満穂としては交差点に進入するに際しては道路交通法四二条一号の規定に従つて徐行すべき義務があり、被告正幸としては、交差点直前で一時停止したうえ進入するに際しては、特別な事情がないかぎり、交差する道路から交差点に進入しようとする他の車両が交通法規を守り徐行することを信頼すれば足り、満穂のように交通法規に違反し高速度で交差点に進入しようとする車両のありうることまでも予想して、交差する道路の安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務はないとうべきであるから、本件事故は、満穂が交通法規に違反し時速七〇キロメートル以上の高速度で交差点に進入しようとした過失に基づくものであり、むしろ満穂の自損行為というべきであり、被告正幸は注意義務を尽しており過失はない。現に、被告正幸は本件事故にかかる刑事裁判において安全確認義務の過怠など過失はないとして無罪となつている。そして、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告会社は運行供用者責任を免責される。

(二)  過失相殺

仮に被告正幸に本件事故発生につき過失が認められたとしても、前述のように、本件事故発生の主たる原因は、満穂が交通法規に違反し時速七〇キロメートル以上の高速度で交差点に進入するという重大な過失にあるというべきであるから、本件賠償額算定に右満穂の過失が斟酌されるべきであるが、右過失の割合からいつて、本件損害賠償請求権は自賠責保険金五〇〇万円をもつて填補されている。

四  抗弁に対する答弁

抗争事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

昭和四八年一一月一一日午前七時四五分ころ、本件交差点において、被告正幸運転の被告車と満穂運転のオードバイが衝突し、その結果満穂が同日午前一〇時二〇分頭蓋内出血、胸腔内出血で死亡したことは当事者間に争いはない。

二  責任原因

(一)  成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第五号証および第六号証、被告本人正幸尋問の結果および検証の結果を総合すると、満穂の進行した県道の状況、被告正幸の進行した道路の状況、本件交差点の状況、本件交差点の見とおし状況および被告正幸が本件交差点から県道に進出するまでの状況は、つぎのようであることが認められ、これに反する証拠はない。

満穂の進行した県道は、ほぼ東西に通じ、歩車道の区別のない、幅員六・四メートル、中央線の標示がある、アスフアルト舗装の平坦な道路で、本件事故当時本件事故現場付近は交通規制はなかつた。被告正幸の進行した道路は、ほぼ南北に通じ、ほぼ直角で県道と交差し、歩車道の区別はなく、幅員五・六メートル、ただ県道と交差する部分は東西側ともやや広がつて幅員七・五メートル位(本件事故後交差点西南角が角切りされ幅員一二・三メートルになつた。)、アスフアルト舗装の平坦な道路で、交差点手前西側に一時停止の標識が設置されてあつたほか、本件事故現場付近に交通規制はなかつた。以上いずれの道路にも優先道路の指定はない。なお、北方から本件交差点において県道に通ずる幅員四・二メートル、非舗装の道路(農道という)があるが、右道路の交差点入口の東側沿いの土地が空地になつていて、交差点入口付近は一見道路の形態を呈していない。本件交差点は本件事故当時交通整理は行われておらず(本件事故後信号機が設置された。)、西南角は、農家が存在し、本件事故当時県道および被告正幸進行道路に沿つてコンクリートブロツク塀とその内側に樹木がめぐらされており、東南角は、商店が存在するが、建物は両道路からやや下つて建てられている。見とおしは、県道からは、県道は本件交差点東方約一六二メートルの地点付近から北方にカーブしており、東方約一六二メートル付近から本件交差点までは見とおすことはできるが、被告正幸進行道路の見とおしは前記東南角の商店のため悪く、被告正幸進行道路から県道上の見とおしは、前記農家のコンクリートブロツク塀と樹木および商店のため左右とも悪い。本件事故時、被告正幸は被告車(大型貨物自動車、最大積載量一一トン、車長七・〇六メートル、車幅二・四六メートル)を運転し、本件交差点にさしかかり、右折するべく、一時停止の標識に従つて停止したが、その位置は、運転席の位置が、道路東側端から約四・五メートル、交差点南側線端から一・二五ないし一・四メートル位であり、被告車はエンジン部分が運転席の前方に出ていない、いわゆるキヤブオーバー型であつたので、そのときの被告車の最先端は運転席から約一メートル位先であつた。右運転席の位置から県道右方の見とおしは、交差点東南角にコンクリート製電柱が設置されていて、約四〇メートル付近までは県道上全部が見とおせるが、それより東方は、右四〇メートル付近から約八〇メートルの間は、電柱に視界が遮ぎられて、道路中央線北側部分は見とおせるが、南側部分は見とおしがきかず、そこ(右運転席から約一二〇メートルの地点)を越えると約四〇メートルの間は再び道路全部を見とおすことができる(これは、右一二〇メートル付近から北方にカーブ気味になつているためと思われる。なお、それより東方は前述のカーブのため見とおしはきかない。)。尤も、運転席にいて窓から首をさし伸ばせば、右約一六〇メートル付近まで道路全部を見とおすことができるものと思われる。また、運転席にいて身体を前にかがめれば、四〇メートルを相当越える部分を見とおすことができると思われる。右運転席から県道左方の見とおしはきく。

つぎに、本件事故にいたるまでの経緯について検討する。

乙第一ないし第三号証、第六号証および被告本人正幸尋問の結果を総合すると、被告正幸は、前述停止地点において、運転席に坐つたまま県道左右を確認し、進行する車両がないことを認めて、発進したことが認められる。乙第五号証(被告正幸に対する本件事故にかかる業務上過失致死等被告事件の控訴審検証調書)中、右停止地点において若干前かがみになつて県道左右を確認、右方一〇〇メートルの範囲に本件交差点に向つて進行してくる車両のないことを認めて発進した旨の被告正幸の供述部分および乙第六号証(右控訴審第二回公判調書)中の前記運転席から少し身をかがめて県道右方を見た旨の被告正幸の供述部分は、乙第二、第三号証および被告正幸本人尋問の結果ならびに乙第六号証中姿勢を前に倒して見ることをしたかどうか覚えていないとか一〇〇メートル位先までは県道の南半分は見えないとの矛盾する供述部分に照らし、措信できない。そうすると、被告正幸が発進した際、県道右方全部を確認できた範囲は停止地点から約四〇メートルまでで、それ以遠約八〇メートルの間は、中央線北側部分は確認できても、南側部分は確認できなかつたというべきである。そして、乙第一ないし第三号証、第六号証および被告本人正幸尋問の結果を総合すると、被告正幸は、前述停止地点から右折するべく発進し、右斜め前方約四・二五メートル(停止地点を交差点南側線端から一・二五メートルとした場合、南側線端からの距離を一・四メートルとすると、この距離は若干長くなる。)の地点(このときの運転席の位置は交差点南側線から約一・八メートル)に進出したとき、右方県道約一三・三メートルの距離に中心線南側添いを直進してくる満穂運転の自動二輪車(ホンダ三五〇cc)を発見、急制動し、満穂もハンドルを右に切つて避けようとしたが、被告車はさらに右斜前方に約一・六メートル(右被告正幸が満穂の自動二輪車を発見したときの被告車の運転席の位置から衝突したときの被告車の前部の位置までの距離約二・六メートルから前述の運転席から車体先端までの距離約一メートルを差引いた距離)進み、満穂の自動二輪車は約一二・三五メートル進み、被告車は中心線を僅か越えた地点(このときの被告車の前部の位置は交差点南側線から約三・七五メートル)で、被告車左前部と満穂の自動二輪車の車体左側中央部辺が衝突し、被告車は約一メートル進んで停止したが、満穂は衝突地点から進行方向右斜め前方約六・五メートルの県道と農道の交差する北西角の人家の東側ブロツク塀まではねとばされ、右二輪車は衝突地点から右斜前方の右県道と農道の角の人家の県道沿いのブロツク塀まで約八・二二メートルの間痕跡をのこして逸失し、ブロツク塀につきあたつてはねかえり、県道北側線から南方約二メートルの県道上(衝突地点から前方約七・七五メートルの地点)に倒れたことが認められ、右認定に反する証拠はない。乙第二、第三、第六号証によると、被告正幸は右折時の速度について時速一五キロメートルあるいは五ないし一〇キロメートルであつたと供述しているが、そのときの速度を明確にするに足りる客観的資料はないが、大型貨物自動車の発進時の速度は一般に普通車より遅いことを考慮すると、発進してから徐々に加速して衝突前に時速一〇キロメートル位になつていたものとみるのが相当である。そして、乙第二、第三号証および被告本人正幸尋問の結果によると、被告正幸は満穂の自動二輪車を発見したときのその速度は時速七〇ないし九〇キロメートルだつたと供述しているが、被告正幸の供述するところは、瞬間の際の主観的判断に基づくものであり、必ずしも客観的裏付けのあるものとはいえない。ただ、前述のように、被告正幸が時速一〇キロメートル(秒速二・七八メートル)で急制動して約一・六メートル進んだとき、満穂は約一二・三五メートル進んだとすると、計算上(空走距離との関連において被告車の制動効果はまだ発生しなかつたと認められるので、制動効果を考慮に入れないとして)満穂の自動二輪車の速度は時速七七・二キロメートルということになるが、もし制動効果や計数上の誤差を考慮に入れるとしても、衝突後の満穂や自動二輪車の倒れた位置を考えあわせると、時速七〇キロメートル以上の速度であつたとみるのが相当である。そして、被告正幸が停止地点から右折するべく発進し徐々に加速して時速一〇キロメートルの速度で四・二五メートル(前述のようにあるいは若干長くなることも考えられる。)進出したことに要する時間は、早くとも二秒、あるいは三秒は要するものと考えられる。そうすると、被告正幸が発進したときの満穂の自動二輪車の位置は、その時速を七〇キロメートル(秒速一九・四四メートル)とすると、被告正幸がはじめて満穂を認めたときの満穂の位置からさらに東方約三九メートル(前述被告正幸の要した時間を二秒とした場合)あるいは約五八メートル(同じく三秒とした場合)、すなわち衝突地点から東方約五一メートルあるいは約七〇メートルの地点であつたといえる。

(二)  以上認定した事実関係のもとに、被告正幸が右折したことに本件事故発生に関し過失が認められるかどうか検討する。

右折しようとした被告正幸には道路交通法三七条により右方から直進する車両の進行を妨害してはならない道路交通上の義務があり、左右の見とおしのきかない本件交差点に直進して進入しようとした満穂には、前方注視義務は勿論として、同法四二条一号により徐行義務が課されている(なお、原告本人尋問の結果によると、満穂は度々県道を通行していて本件交差点の存在を知つていたものと認められる。)。右満穂の徐行義務は被告正幸の進行した道路に一時停止の標識が設けられていることによつて左右されない。ところで、被告正幸が右折を開始する時点においては、満穂の自動二輪車は右方約五一メートル以遠にあつたのである。通常の場合、かような状況下においては、被告正幸が右方四〇メートルの安全を確認しただけで発進したこと自体の相当性の点はいずれとしても(被告車が車長の長い、発進動作の鈍い大型貨物自動車であることからすると、四〇メートルの範囲の安全確認では足りないとも考えられる。)右方から進行してくる満穂に徐行義務があることからすれば、被告正幸が右折を開始したことに過失を問うことはできないというべきである。これは、結論において、被告正幸が満穂の自動二輪車を確認したことを考えたとき、被告正幸としては、かような距離にある満穂が交通法規に従つて徐行するなど適宜な措置をとることを信頼することが許され、満穂の通過を待つまでの注意義務はないというべきことと一致するからである。なお、前述のように、被告正幸には十分な安全確認の方法あるいは四〇メートル以遠まで見とおしができる方法があつたのであり、さらにもつと前方に進出して停止すれば十分な見とおしはできたのであり、検証の結果によれば、この場合は、その距離は〇・五メートル程度で足りるのであり、そうすると、被告車が交差点に進入する距離は〇・五メートルに満たないから、右方県道から進行してくる車両の進行を妨害するまでのことはないものといえるのであつて、そうすれば、満穂が高速度で進行してくるのに気付き、右折を控え本件事故を防止できたのではないかとの見方も考えられるところではあるが、この点も、満穂を認めたとしても果して速度の点を認識し得たか問題があることはいずれとしても、認識したとしても、前述のように五一メートル以遠にある満穂が被告車を発見し速度を減ずるなど適宜な措置をとることを信頼することは許されることであり、満穂が高速度のまま交差点に進入することを予期して、右折を控える注意義務はないものといえる。さらにまた、被告本人正幸尋問の結果中には、被告正幸が満穂を認めた際、満穂はヘルメツトをかぶり前かがみになつていたので前方を見ていなかつたようである旨の供述があるが、この点も、満穂がそれ以前から右のような姿勢で進行していたとして、被告正幸が五一メートル以遠にそのような満穂の状態を認識したとしても、かかる場合、自動車運転者が基本的義務である前方注視を欠いたまま交差点に進入してくることを予期して、右折を控えるまでの注意義務はないといえる。以上によれば、被告正幸が本件交差点を右折するにあたり、一時停止違反はもとよりとして、左右の安全確認義務違反の過失はなかつたといえるようである。

しかしながら、つぎに述べるように、被告正幸に過失を認めるべきである。すなわち、検証の結果および弁論の全趣旨に徴すると被告正幸の進行してきた道路は車両の交通量が少なかつたことが認められるのであり、県道を進行してくる車両中には徐行義務を守らない車両があることが推認されるのであるが、乙第一および第二号証によると、被告正幸は、昭和四八年一〇月一日大型貨物自動車の運転をはじめてから本件事故にいたるまでの間の一五、六日間、被告会社の業務である山土運搬に従事し一日九往復本件交差点を通過していたので、本件交差点付近の交通状況はよく知つていたことが認められるので、同人は県道を進行する車両中には徐行義務を守らない車両があることを弁えていたといえるのであり、なおそのうえに、被告本人正幸尋問の結果によると、同人は、本件事故現場付近では以前にも交通事故があつて、本件交差点の通行には危険性がある(このことは、本件事故後信号機が設置されたことからも裏付けられる。)ことを認識していたことが認められるのである。そうとすれば、被告正幸としては、右折するにあたり、右方約四〇メートルの範囲の確認にとどまらず、前述のような確認の方法をとつたうえ、十分に安全を確めて、事故の発生を未然に防止すべき交通上の注意義務があつたというべきであり、右安全確認を尽していれば、満穂の高速度運転あるいは運転姿勢に気付くにいたつた筈であり、そうすれば、満穂の通過をまつて右折を開始するなどして、本件事故の発生を防止できたものである。しかるに、右方約四〇メートルの範囲の確認のみで、安易に右折を開始したことには、右方の安全確認義務を尽さなかつた過失があるというべきである。

(三)  以上によれば、本件事故発生は被告正幸の過失に基因するものであるから、被告正幸は民法七〇九条により本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

(四)  また、被告会社が被告車の保有者であることは当事者間に争いはないから、被告会社は自賠法三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任があり、被告会社の免責の抗弁は採用できない。

(五)1  被告国雄が被告車の保有者である旨の原告の主張について検討する。

被告本人正幸および被告会社代表者各尋問の結果によると、つぎのような事実が認められ、これに反する証拠はない。

被告会社は、資本金二三〇万円、道路工事や砂利採取などを業とし、社員は被告国雄、同被告の父、兄、弟の四人で、会社の営業は代表取締役である被告国雄が主宰し、事務は専務と被告国雄の妻があたり、従業員は、常雇として五、六人が現場監督の立場にあり、臨時雇として常に二〇人ないし五〇人がおり、被告車を含めてダンプカー七台そのほか数台の車両を保育していた(この点は当事者間に争いがない。)。

右認定の被告会社の状況からは、被告国雄が被告会社の代表者であることから直ちに被告車の保有者であるとの結論を導くまでには足りず、他に被告国雄が被告車の保有者であることを認めるに足りる主張、立証はない。

2  被告国雄が被告会社の代表者として被告正幸の無免許運転を許容していたから民法七〇九条の不法行為責任を負う旨の原告の主張について検討する。被告正幸が本件事故当時被告車を運転する資格を有していなかつたことは当事者間に争いがないが、たとえ被告国雄が被告正幸の無資格運転を許容していたとしても、そのことから直ちに被告国雄に本件事故発生につき不法行為責任を認めることはできず、そのためには被告正幸の無資格運転と本件事故発生との間に相当因果関係が存在することが必要であるが、前述の本件事故発生原因に照らすと、両者間に相当因果関係あることは認められないから、原告の主張は失当とみられないではないが、弁論の全趣旨に徴すると、原告の右主張は、被告国雄に民法七一五条二項の規定に基づく被告会社の代理監督者としての責任を問うているものと解されるので、この点について検討する。

被告本人正幸および被告会社代表者各尋問の結果によると、被告国雄は代表取締役として被告会社の業務全般を主宰し、なお、従業員の採用は自身があたり、ダンプカーの配車の指示や運転手の監督は主に自身があたつていたことが認められ、これに反する証拠はない。右認定の事実によると、被告国雄は被告会社に代つてその事業の監督をしていたものというべきところ、被告会社は被告車の保有者として本件事故による損害賠償責任を負担しているのであるから、被告国雄は民法七一五条二項により代理監督者として本件事故による損害を賠償する責任がある。

三  過失相殺

前述の本件事故発生の経緯に照らすと、本件事故発生は、満穂が、交通法規に違反して、徐行することなく、法定速度時速六〇キロメートルを越える七〇キロメートル以上の高速度で、本件交差点に進入しようとした過失にも基因するものというべきであるから、被告らの過失相殺の抗弁は理由がある。そして、前述満穂と被告正幸の過失の態様および満穂運転の自動二輪車と被告車の対比からすると、その割合は、満穂七、被告正幸三とするのが相当である。

四  損害

(一)  逸失利益

成立に争いのない甲第三号証および原告本人尋問の結果によると、満穂は昭和三一年三月一六日生の男子、本件事故当時高校三年生、卒業後株式会社神戸製鋼所に就職することが決つていたことが認められる。そうすると、昭和四八年簡易生命表によると満一七歳の男子の平均余命は五五・二八年であることが認められるので、満穂は、右年齢まで生存し、その間満一八歳から満六七歳まで四九年間稼働し、毎年、労働省賃金構造基本統計調査報告昭和四九年度全産業、企業規模計、男子労働者、旧中、新高卒者の平均きまつて支給される給与額一五二万〇、四〇〇円(月額一二万六、七〇〇円)、平均年間賞与その他特別給与額四三万二、六〇〇円合計一九五万三、〇〇〇円程度の収入を挙げることができ、その間生活費として右収入の五〇パーセントの支出があるものとみるのが相当であるので、これを控除した金額の所得があることになる。そうすると、満穂は本件事故により右の割合による利益を喪失したものというべく、これを一時に請求するとき、年別ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除すると、その価額は、

1,953,000円×0.5×(50年の係数18.2559-1年の係数(本件事故時から満18歳に達するまでの期間を1年とする)0.9523)

の数式により、一、六八九万六、九六五円(円未満切捨)となる。なお、本件事故時から満一八歳にいたるまでの養育費は、短期間なので考慮しないこととする。

そして、前述満穂の過失を斟酌すると、右価額から七割控除した五〇六万九、〇八九円(円未満切捨)が逸失利益損害額となる。

ところで、甲第三号証によると、満穂は母原告、父訴外河原一三間の子であることが認められるから、右両名がそれぞれ右損害賠償請求権の二分の一宛を相続により取得したことになるが、証人河原一三の証言および原告本人尋問の結果ならびにこれらにより真正に成立したことが認められる甲第五号証および第七号証によると、右一三は満穂死亡による相続分を放棄したかあるいは原告に譲渡したことが認められるので、原告が右請求権全額を取得したことになる。

(二)  葬儀費用

証人河原一三の証言および原告本人尋問の結果によると、原告が満穂の葬儀費用を負担したことが認められるが、その費用として三〇万円を要したことは経験則上認められるところ、前記満穂の過失を斟酌すると、原告は九万円の葬儀費用損害賠償請求権を有する。

(三)  慰藉料

甲第三号証、第四号証(成立に争いがない)、証人河原一三の証言および原告本人尋問の結果によると、原告と一三は夫婦であつたが、昭和四四年頃から別居、同四六年七月一日離婚し、両人の間の子満穂および晴夫(昭和三三年八月一四日生)は、別居以来原告が会社に勤めながら養育してきて、満穂は目前に高校卒業、就職を控えており、原告はこれを待ち望んでいたことが認められること、そのほか、本件事故の態様、過失の割合など一切の事情を考量すると、原告の精神的苦痛を慰藉するには、二五〇万円をもつて相当とする。

(四)  弁護士費用

原告が本件訴訟追行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかである。本件訴訟の難易、本件損害賠償認容額等に照らすと、その費用として二〇万円が本件事故と相当因果関係ある損害というべきである。

五  損害の填補

原告が本件事故に関し自賠責保険金五〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いはないから、右金員は本件損害賠償請求権に充当される。

六  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金二八五万九、〇八九円およびこれに対する、被告会社および被告国雄については記録上訴状送達の日の翌日であることが明らかな昭和四九年九月一二日から、被告正幸については同じく同月一三日から、それぞれ支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜野邦)

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